【撲殺】遠山美枝子/死因は餓死!美人で高原浩之との子供が

連合赤軍

連合赤軍だった遠山美枝子の死因が凍死で餓死したと言う事が可能性として高い事がわかった。

遠山美枝子は連合赤軍の中でも美人で異性から人気があり、旦那であった高原浩之との間に子供がいた事も判明している。

ただ、その悲劇的な死因は、リンチでボコボコにされ、餓死と凍死という過酷なものであった。

美貌と知性を兼ね備えた彼女は、当時の過激派運動の中でも注目を集めた存在だが、彼女の生涯は決して幸福とは言えなかった。

特に、連合赤軍の内紛や過酷な状況の中で、恋人であった高原浩之との間に子どもを持ちながらも、その未来を歩むことはなかった。

遠山美枝子の人生と死は、ただの過激派活動家の一生に留まらず、彼女が生きた時代の過酷さを象徴するものだった。

早速見ていこう。

遠山美枝子/死因は凍死と餓死!

霧山 結
霧山 結

遠山美枝子は、71年から72年にかけて連合赤軍が群馬県山中に設置したアジトで起こした同志に対するリンチ殺人事件、いわゆる「山岳ベース事件」にて殺害された、赤軍派最高幹部「高原浩之」の妻だ!

遠山美枝子

遠山美枝子

彼女は双子の妹として生まれ、ハマっこでおしゃれであり家族に大切にされて育った。

遠山美枝子の母は成人の祝いとして18金の指輪を彼女に送っており、困ったときの資金とするよう伝えていた。

母の教えを守り常に右手に金の指輪をしていた遠山美枝子だが、この指輪を連合赤軍幹部の永田洋子に結婚指輪と勘違いされ、すぐに外さなかったことが原因で「総括」という名目で仲間にリンチされてしまったわけだ!

ヤバすぎだろ!・・

その後、同じく「総括」を受け死亡した仲間の死に顔を忘ることのができなかった彼女は森恒夫に批判され「ブルジョワ的な女性としてのプライドを解体する」という名目で、自分で自分の顔を殴るという行為を30分間も続けさせられたうえ、髪を丸刈りにされたのだ!

遠山美枝子/リンチ殺害

遠山美枝子/リンチ殺害

その後、逃亡防止に縛られた彼女は人格否定にも近い詰問・暴行・極寒の屋外に放置・絶食の強要などを強いられ1月7日に死亡した。。

「総括」を命じた森恒夫はこれを「総括をできなかったところの敗北死・・」としたが、死因はほかの被害者らと同じく氷点下の屋外にさらされたための凍死、食事を与えられなかったことによる餓死などであるとされている。。

ボコボコにされた背景がエグすぎる・・

「総括」とは、本来は過去を振り返る「反省」を意味する思考法で、最初は対象者が作業から外されるだけであったが、最高幹部の森恒夫の、「殴られ気絶し、目覚めたときには別の人格に生まれ変わった・・」という体験により徐々にエスカレートしていき長時間の正座、食事を与えないなどされ、ついに殴打が加えられるに至ったのだ!

遠山美枝子/死因

遠山美枝子/死因

赤軍派で救援活動をしていた遠山美枝子が軍事訓練のため山岳ベースへ向かった際、連合赤軍の幹部であった永田洋子は、

「あんた、なんで山(山岳ベース)に来たの?」

と言った。

「軍事訓練に来ました・・」と答えた遠山美枝子に対し

「違うのよ。あんた自身どんな気持ちできたかということよ。なんで山に来たの?」

と繰り返した。

遠山美枝子はなにを聞かれているのかさっぱり理解できなかったが、このとき永田洋子の頭の中は

「遠山は最高幹部の妻の地位を得るために高原と結婚し、高原が逮捕されるや今度は森恒夫にのりかえ、連合赤軍に合流した・・」

と決め付けており、そう答えさせたかったと言われている。。

遠山美枝子が埋められた現場

遠山美枝子が埋められた現場

リンチを加えた後も遠山美枝子が理解するまでこの追求は繰り返されたのである。

このように「総括」を要求されたメンバーの中には周囲のメンバーや当事者ですら何を問題とされているのか?何を「総括」すればよいのか分からずにいた者もいたという。

森恒夫に準ずる形で関与していた永田洋子を初めとして森恒夫の「総括」達成の明確な基準を理解していたものはいなかったとされている。。

遠山美枝子/美人が故に永田洋子に逆恨みされ殺害された!

霧山 結
霧山 結

遠山美枝子への「総括」には、「反省」の意味よりも永田洋子の嫉妬が大きく絡んでいるのではないだろうか?

もともと連合赤軍とは赤軍派と革命左派が統合して生まれた組織であり、赤軍は海外での活動を主とするテロリスト集団であった。

この赤軍のリーダーは重信房子という美しい女性であり、彼女の存在は革命左派のリーダーである永田はしばしば重信と比較されることがあり、美しいとはいえない彼女にとっては大変な屈辱を与えたことだろう。

さらに、遠山美枝子は重信の親友であり、彼女自身も「最高幹部の妻」としての地位を持っていた。

おしゃれでカリスマ性を持つ遠山は、永田の嫉妬の対象となったはずだ!

永田洋子

永田洋子

特に、遠山が妊娠していたことは永田にとって最も許せないことだっただろう!

永田は病気のために子どもを産むことができない体だったのだ。

自分が宿せない赤ん坊を妊娠している遠山に対する嫉妬は、すさまじいものだったといわれている!

永田の嫉妬は、リンチをくわえるだけでは収まらず、お腹の赤ん坊を取り出すという話まで浮上するほどだったというから女の嫉妬ほど恐ろしいものはない!

この事件には、過激な思想運動の中での人間関係の複雑さや、嫉妬がもたらす悲劇的な影響をひしめき合っているな。。

永田洋子がいかにサイコパスかを検証

永田洋子は「不信感、猜疑心、嫉妬心、敵愾心」といった感情の塊であり、彼女をこのように表現した裁判官は実に的を射ている。

特に際立っているのが「嫉妬」という感情であり、これは彼女の個人的な感情にとどまらず、組織全体の運命を左右するほどの影響力をもっていたのだ。

彼女の嫉妬心は、単なる競争心を超えていたといえるだろう。

永田洋子は女性メンバーに対して異常に厳しく、男性メンバーが他の女性と親しくする様子を見かけると、その女性を排除しようとする行動に出たのだ。

このような嫉妬深い態度は、組織内での彼女のリーダーシップに疑問を抱かせ、メンバーたちの士気を低下させた。

永田洋子は、他者の幸福や成功を妨げることに喜びを見出しているようにも思える。

これはサイコパスが、他者の感情に対する共感性や理解力に欠如しており、自己中心的な行動をとることが多いという特徴と一致しているのではないだろうか?

永田洋子に嫉妬され遠山美枝子が殺害される

永田洋子に嫉妬され遠山美枝子が殺害される

彼女が組織内での権力を維持するために発揮した冷酷さや残虐性、特に女性メンバーに対する異様な敵意は、サイコパスそのものなのではないだろうか?

永田洋子の行動は、組織の理念を超えた個人的な感情の影響を色濃く反映しており、最終的には彼女自身の運命にも暗い影を落とすことになった。

彼女の心理状態は、過激な環境が人間の心にどのような影響を与えるのかを考えさせる重要な要素となっているのではないだろうか?

遠山美枝子の旦那は高原浩之!何者なの・・

霧山 結
霧山 結

高原浩之についての資料は限られているが、彼はよど号ハイジャック事件の首謀者として指名手配され、1970年に横浜で逮捕された人物だ!

高原浩之は赤軍派の最高幹部としてメンバーを指揮し、「六月安保」に向けて武器や資金調達のために現金輸送車襲撃計画を立てたり、赤軍派の最高指導者だった塩見孝也の奪還、さらに在日外国大使館の要人を人質にする計画を練っていた根っこからの悪党だろう!

遠山美枝子の夫である高原浩之

遠山美枝子の夫である高原浩之

これらの計画は、赤軍派にとって重要な戦略であったが、高原の逮捕によって組織は大きな打撃を受けることになった。

一方、永田洋子にとって高原の逮捕は、組織内での立場を変える転機となった。

彼女のパートナーである森恒夫が最高幹部の席を手に入れることで、彼女自身も、敵対視していた遠山美枝子の「最高幹部の妻」という地位を奪うことができたのだ。

永田洋子の自尊心は満たされたことだろう。

組織内の権力闘争は、彼女にとって何より重要なもので、以降彼女は女性リーダーとしての立場を守るために邁進した。

高原の逮捕がもたらした影響は、単なる組織の衰退にとどまらず、内部の人間関係にも深く関わっていたのである。

2人の間に子供はいるのか?

霧山 結
霧山 結

高原浩之と遠山美枝子の結婚生活は高原の逮捕によって、わずか半年で終わってしまったが、遠山美枝子は殺害された当時、妊娠していたという事実がある。

この事実は病気により子供を産むことができない永田洋子にとっては到底許せるものではなく、激しい嫉妬を向けられた結果、遠山親子は殺害されてしまったのだが、同じく妊娠していた元幹部の吉野雅邦の妻がおなかから子供を取り出されて、殺害されたことを考えると、遠山美枝子はある意味で幸運だったとも言えるのかもしれない。。

しかし、命を奪われたのは事実であり、その背景には複雑な人間関係や嫉妬、権力争いが存在していた。

遠山美枝子の悲劇は、過激な思想運動の中での人間性の脆さを浮き彫りにし、理想を追い求めることがどれほど危険な道であるかを示している。

また、高原浩之は事件直前に妻である遠山美枝子から、中絶した過去、革命闘争を選んだ理由の書かれた手紙を受け取っていたようだが、事件当時に妊娠していたことを知っていたかは不明である。

遠山美枝子/旦那の事

遠山美枝子/旦那の事

妻が殺害されたと知ったとき、そして妻のおなかに自分の子供が宿っていたと知ったとき、彼は何を思ったのだろうか?

吉野雅邦のように過激な思想運動の中で狂わされてしまっていたのだろうか?

罪のない子供のためにせめて自身の罪を悔いてほしいものだ。

最後に:事件後に遠山美枝子と高原浩之の子供はどうなったのか?

霧山 結
霧山 結

二人が事件に関与し、逮捕されたことは記録に残っているが、その子供がどうなったのかについては当時の状況や類似するケースを考えれば、ある程度の推測はできる。

まず、山岳ベース事件はメンバーを次々に殺害し、最終的に警察の捜査によって明るみに出た。その後、殺害に関与したメンバーは次々と逮捕され、永田洋子は死刑判決を受けた。

そんな状況の中で、遠山美枝子と高原浩之の子供がどうなったかを考えると、一般的に考えられるのは、親族に引き取られた可能性が高い。。

当時の日本の社会では、犯罪者の家族に対する世間の目は厳しく、特に左翼運動に関与した人物の子供は厳しい環境に置かれることが多かった。

もし親族に引き取られたとすれば、過去を隠しながら育てられた可能性がある。。

遠山美枝子と高原浩之について

遠山美枝子と高原浩之について

また、児童養護施設に預けられた可能性も否定できない。

実際、犯罪で両親が逮捕された場合、身寄りのない子供は施設に入るケースが多い。

特にこの事件のように、政治的な背景を持つ場合、親族が引き取ることを避けることもあったかもしれない。

仮に養子縁組が成立していたとすれば、現在は全く別の姓を名乗り、過去とは無関係の人生を歩んでいる可能性もあるな。。

事件があまりにも衝撃的だったため、世間に知られずに生きることを選んだとしても不思議ではないと思う。

また、精神的な影響も無視できないだろう。

親が重大な犯罪に関与していたと知った場合、その事実をどう受け止めるかは個人によるが、自分のルーツを知りたがる人もいれば、一切関わりたくないと考える人もいる。

社会的な偏見や差別もあったはずなので、静かに生きる道を選んだ可能性は高い。

このように、遠山美枝子と高原浩之の子供については、公には明らかにされていないが、社会の一般的な流れから推測すると、親族の元か施設で育ち、成人後は過去を伏せて生活している可能性が高い。

いずれにせよ、公に名乗り出ることはなく、事件の影響をできるだけ避けながら生きているのではないだろうか?

この記事を書いた人

霧山 結
霧山 結
大学では社会学を専攻し、特に犯罪心理学とジャーナリズムを重点的に学ぶ。在学中に起きた未解決事件に心を動かされ、卒業後は記者として事件報道を担当。その後、フリーランスのジャーナリストとなり、現在は未解決事件や特殊な事件に特化した当サイトを運営。

【得意分野】
●未解決事件の再検証
●犯罪心理分析の解説
●社会の中での事件の影響を掘り下げる記事執筆

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